気ままにフォトスケッチ

お出かけ日記とデジカメ写真のブログです

2016年11月

梅小路公園 朱雀の庭のライトアップ (11/23)

梅小路公園は、京都駅から歩いて20分ほどのところにある都市公園で、京都鉄道博物館や京都水族館、朱雀の庭・いのちの森などがあります。

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朱雀の庭には池の周囲に築山や滝などがあって、見る角度によって変化する景色が美しいです^^

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そんな梅小路公園では、秋のイベント「梅小路公園 紅葉まつり」が開催されています。朱雀の庭のライトアップは、約150本のモミジやアカマツが夜空に美しく浮かび上がります。

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その中でも池の水面に映り込む「逆さ紅葉」は、艶やかでもあり幻想的でもあって、思わず息をのむ美し過ぎる風景でした^^

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一年で最も観光客が多い11月ですが、ここは混雑することもなくゆっくり鑑賞できました。ぜひJR東海のキャンペーンで紹介される前に訪ねてみてね(笑)

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晩秋の桂離宮を参観 (11/23)

桂離宮は、1615年から47年かけて八条宮智仁親王と智忠親王によって造られた別荘です。
桂川沿いに正門へ向かって歩くと、生きた笹を編んで造られた笹垣(桂垣)が続いています。これは桂川が氾濫したときに離宮を守る目的で造られたようです。たしかにこれは濁流にも強そうです!

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北東角を過ぎると笹垣から竹垣(穂垣)に変わり、もみじの美しい並木があります。こちらは正門ですが、特別な場合を除いて開放されません。紅葉を楽しみながら、参観の受付へと進みました^^

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修学院離宮と同様にガイドさんの説明を聞きながら庭園と建物を見て歩きます。写真撮影はできますが、通路が様いので配慮が必要です。

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ソテツの山は冬支度を終えていて、ちょっと異様な姿でした。

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洲浜から松琴亭を眺める景色が美しかったです。写真のような狭い石橋も渡るので、撮影には十分注意が必要です。

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最も格調が高い松琴亭の襖絵は大胆で斬新な市松模様です。また、ここから見る庭園がめっちゃ美しかったです^^
桂離宮は日本庭園美の集大成といわれる名園ですが、この完璧なまでの美しさは、何回見てもいつ見ても感動ものです!

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池の向こうに桂棚がある書院が見えます。

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園林堂(持仏堂)は建物だけが残っています。橋のアーチや紅葉が美しかったです♪

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月波楼です。ここでのお月見も素敵でしょうね♪

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そして、庭園の全景を見せないように大きな松が植えられています。そういえば修学院離宮では高い生け垣が視界を遮っていました。こんな細かなところまで計算されつくされてるんですね^^

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参観が終わると薄暗くなっていました。夏と秋の庭を見たから、今度は新緑の頃に来てみたいな。滅多にない雪景色はどんなに美しいんだろうなんて、いろいろ想像してみました^^

晩秋の修学院離宮を参観 -上離宮- (11/23)

中離宮から松林を歩いて、上離宮へ向かいます。松林も背後の山の紅葉も素敵でしたよ♪

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修学院離宮の参観は1回50人程度で、ガイドさんの先導でぞろぞろと続き、最後尾に
皇宮警察の警護官が目を光らせています。写真撮影は自由です。

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上離宮の表門を入り、高い刈込みの間を縫って急な石段を登ると頂上に隣雲亭があります。

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ここまでは刈込が視界を遮っていて、頂上で一気に視界が開けます。眼下に浴龍池が展開し、洛北の山や京都の街並みが見渡せる素晴らしい眺めです^^

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島の形を龍に見立てた池で、周囲の紅葉がめっちゃ綺麗でした!

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隣雲亭から通路を下っていくと、苔が美しく滝や清流もあります。どこを見ても絵になる風景です♪

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浴龍池を巡って苑路を歩くと、窮邃亭(きゅうすいてい)や石橋などがあって、散り始めた紅葉に包まれていました。

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美しい散り紅葉もありました!

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浴龍池の西側はがらっと開け、明るい風景が続いています。西浜は舟遊びの場であり、島々を巡りながら管弦や詩歌の甲斐などが行われたそうです。

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この池に船を浮かべて、四季の変化を楽しむなんて最高の贅沢ですね。こんな素晴らしい修学院離宮、またいつか来ようと思いました^^

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晩秋の修学院離宮を参観 (11/23)

11月23日、京都市左京区の修学院離宮と西京区の桂離宮を参観しました。
これらの離宮と、京都御所・大宮御所・仙洞御所は宮内庁が管理していて、はがきやネットで申し込めば参観が許可されます。(ネットは人数が少ないからまず当たりません)詳しくは宮内庁のHPを見てね。


比叡山の麓に造られた修学院離宮は、上・中・下の三つの離宮で構成されています。総面積54万5千平方メートルを超える雄大な離宮で、参観コースは3kmもあります!
修学院という名は、10世紀後半に修学院という寺が建立されたのが始まりです。南北朝時代以降この寺は荒廃し、1655~6年に後水尾上皇が造営した山荘が修学院離宮です。現在は皇室用財産として宮内庁が管理しています。

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柿葺(こけらぶき)と花菱紋の透かし彫りが施された御幸門を入ると下離宮です。

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2基の灯篭を配した美しい庭園はモミジに覆われ清流が流れています。

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この庭園を眺めながら歩くと寿月観(じゅげつかん)の前に出ます。柿葺入母屋数寄屋風造りの建物に掛かる「寿月観」の扁額は後水尾上皇の宸筆だそうです。

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下離宮から出て松並木を進み、中離宮へと向かいます。

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中離宮にある楽只軒(らくしけん)は、元搖内親王の朱宮御所の最初の建物で1668年の創建です。中離宮には1682年に、元搖内親王のために女院御所から移築した客殿もあります。一間半の飾り棚は、棚板が霞がたなびいているように見えることから霞棚と呼ばれ、桂離宮の桂棚、三宝院の醍醐棚とともに天下の三棚と称されています。とっても美しい飾り棚でした^^

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中離宮の紅葉も素敵でした♪

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谷瀬の吊り橋と賀名生皇居跡 (11/20)

恒例のオフ会は、谷瀬の吊り橋、賀名生皇居跡、五條の町歩きを楽しみました。
奈良県十津川村の面積は672.38km2もある日本一広い村で、琵琶湖とほぼ同じ大きさです。そこに巨大な「谷瀬の吊り橋(たにせのつりばし)」が架かっています。今や観光名所になっている吊り橋は、もとは生活用のために架けられました。

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長さ297m、高さ54mで、日本最長の生活用鉄線を誇っています。吊り橋から見る眼下に流れる十津川(熊野川)の清流はまさに絶景です!

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橋の中央に近づくにつれて、谷の深さと揺れがどんどん増していきます。この日は微風でしたが、揺れが大きくて渡りきるにはかなり勇気がいりますよ!

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吊り橋のワイヤーの曲線が美しいでしょう。あなたは渡り切る自信はありますか?

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奈良県五條市賀名生(あのう)には、南朝三帝の行宮となった「賀名生皇居跡」があります。1336年、足利尊氏に追われた後醍醐天皇が、京都から吉野に逃れる途中に滞在します。

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後村上天皇、後亀山天皇もここに身を寄せました。今なお当時の面影をとどめる屋敷(現在は一般の民家です)は、重要文化財に指定されています。

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賀名生皇居跡のすぐ裏手に、コンクリートの道路が一直線に延びています。1937年、五條市から十津川に沿って新宮市までを結ぶ「五新鉄道」の建設が着工されました。
ところが、太平洋戦争による資材不足などの理由で工事は中断されました。戦後工事が再開され、1959年に五條-城戸間の路盤工事が完成しましたが、経済社会情勢の変化などで、五新鉄道の夢は叶うことなく廃止が決まりました。

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そこで、国鉄(JR)バスが運行していましたが、2002年にJRバスも廃止されました。その後、五條市の委託を受けて奈良交通がバスの運行しましたが、これも廃止され、現在は国道を路線バスが走っています。
都を追われた公家たちと幻の五新鉄道敷設の史話。儚くも壮大な夢の舞台に立つと、ちょっぴり哀しくなりました...

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五條市には古い町並みが保存されているので少し歩いてみました。

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ここにも本来の目的を果たせずに終わった姿がありました。吉野川を渡る直前途切れた橋。市街地に架かる美しいデザインのアーチ橋。ここにも哀しい歴史がありました...

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